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「車の運転をする時は、ブレーキの前に必ず合図を出す」

車に乗って道路に出るということは、一つの”社会”に船出をしていることだと考えてます。

会社...しかもうちのように少人数での会社なら、自ずと視野は狭くなり、人が少ないから自分を映す鏡が少ないので、井の中の蛙になりやすくなってしまう。


でも、青森県は車社会。社員は全員車で出社。


子供の頃から思っていた。

「なぜ、車の顔は運転手の顔に似ているんだろう。」


今思えば人柄は運転に滲み出ることを察していたのかもしれないです。


免許を取得して思ったこと。

「なぜ大きな車を乗っている人は偉そうなんだろう。」


道路上という社会で「存在証明」を求める人がいるということ。


「会社」、「家庭」、「サークル」、今は「ネット」もですね。

生活の中で絶対「存在証明」がないと、活力が得られないですから。それが車そのものになってる人がいて、気づいた事。


毎日乗る車社会が、自分が生きる上で一番大きなコミュニティであるということ。



うちの社訓の中に『車に乗ったらブレーキの前の必ずウィンカーを出す』という内容があります。よく「へ?」って言われるんですけど、これが非常に大事。

むしろ、社員の面接の為に待ち合わせ場所に行って、帰りの運転の仕方の方が査定に大事だと思ってます。



もしも世の何に自分一人しかいなかったら=自分の車が一台しかなかったら。

「ブレーキ」は必要ですけど「合図(ウィンカー)」は必要ないですよね?ということは、


ブレーキ=自分の運転の為にあるもの

合図=相手に自分の意思を伝える為にあるもの


です。雪道で後ろの車に減速を伝える為のポンピングブレーキもありますけど、それは置いておいて(笑)



バレーボールやってた時に、言われてた「声だしてからボール拾え!」が今はそのままこれに替わってる感じです。何も言わずにボールを拾いに行ったら、チームメンバーとぶつかったり、「君が拾うと思った」ってことでボールがコート内に落ちたり。

だから、「オレはこう思う」というのを声にだしてから行動を起こすというクセがつきました。これまさしく。


地域の笑顔を作るには、常に思いやりが必要です。

相手を思いやるには、自分の中に余裕も大切です。


毎日乗る車だから、まずは自分の生活の中の一番大きな社会においても、人を思いやれる心のキャパシティを育てて欲しいんですよね。そしてそれを会社に持ち込んで欲しい。

社用車は会社の看板を背負ってるので尚更です。



会社を育てるのは人ですけど、人を育てるのは会社です。社長の器よりは大きな会社にならないし、店長の器より店が大きくなることはない。上司と部下もそうです。

器に合わせて自分の大きさを変えていくのは生物の摂理ですから。


「車社会」という、生活する上で一番大きなフィールドが自分の思いやりを一番成長させる機会になっていると考えた結果、こんな社訓ができました。



さて、先日、国の政策に意見する機会をいただき、仙台日帰りしてきました。

県を背負ってきてる人だらけだから、話が熱くて長い!!(笑)

「5分って書いてるじゃん!!」って心の中で何度も思いました。時間守ったの自分だけです。とても勉強になりました。牛タンも美味かったです。




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